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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(オ)470号 判決 1974年3月15日

上告人

大阪商船三井船舶株式会社

右代表者

福田久雄

右訴訟代理人

大橋光雄

外一名

被上告人

ハノーバー・インシュアランス・カンパニー

右日本における代表者

ゴードン・イー・ダロー

右訴訟代理人

小林一郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大橋光雄の上告理由第二点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第四点について。

原審が適法に確定したところによれば、本件船荷証券には、運送品を外観上良好な状態で船積みした旨の記載があり、また、本件積荷が荷揚げされた当時既に外観上一見して積荷の外面に海水濡れによるしみが生じ、積荷の内容について損傷等の異常が予想される状態にあつたというのである。ところで、運送品を外観上良好な状態で船積みした旨の記載がある船荷証券の所持人が、荷揚げ当時外部から運送品そのものについて損傷等の異常を認めることができる状態にあつたときは、特段の事情がないかぎり、運送品そのものの損傷等の異常は、運送人の運送品取扱中に生じたものと事実上推定できることは、当裁判所の判例(最高裁昭和四四年(オ)第五四三号同四八年四月一九日第一小法廷判決・民集二七巻三号五二七頁)とするところであるから、前記原審が確定した事実関係のもとにおいては、本件積荷がその内容についても真実良好な状態において船積みされたと認める旨の原審の認定判断は、結論において相当であり、その過程に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第一点について。

本件積荷運送契約が国際海上物品運送法(昭和三二年法律第一七二号)の施行前に締結され、それにともなつて作成された本件船荷証券の約款三〇項には、荷主が保険により積荷の損害の填補をうけた限度において運送人に対する損害賠償請求権は消滅する旨のいわゆる保険利益享受の定めがあること、及び、その後積荷の譲渡をうけた訴外吉比産業株式会社が、被上告人との間でかねて締結していた包括保険契約に基づき、本件積荷に関する損害保険契約を締結したことは、いずれも原審が適法に確定するところである。

おもうに、このような保険利益享受約款は、荷主が保険者から保険金の支払をうける限度において、運送人に対する損害賠償請求権を事前に放棄する趣旨のものであつて、運送人が荷主の付けた積荷損害保険を利用することによつて自己の損害賠償債任を免れる目的のもとに締結される特約と解せられるところ、商法七三九条に定める事由によつて生じた損害について、運送人(船舶所有者)に免責を認めるのと同一の結果を享受させることを目的として締結された前記のような保険利益享受約款は、結局荷主を不利益な立場におくこととなり、強行法規である同条に違反する特約であるといわなければならない。すなわち、いまこのような保険利益享受約款を有効と解すると、保険者は、被保険者である荷主の損害を填補しても、運送人に対して代位すべき損害賠償請求権がないこととなり、その結果、荷主は、保険金の支払を拒絶せられ、あるいはすでに支払われた保険金の返還を請求される場合が生ずるなど、極めて不利益かつ不都合な立場におかれることとなる。それゆえ、右の保険利益享受約款は、商法七三九条が特約によつても免責を許さない事由によつて生じた損害に関するかぎりにおいては、無効と解するのが相当である。

そうだとすれば、被上告人は、本件船荷証券約款三〇項の特約にかかわらず、訴外吉比産業株式会社の上告人に対する同法七三八条に基づく本件損害賠償請求権については、同法六六二条により保険代位できることが明らかであり、これと同旨の原審の判断は、結論において正当であつて、是認することができ、原判決に所論の違法はない。また、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

同第三点について。

商法七三八条にいう「船舶が安全に航海をなすに堪うる能力」(以下堪航能力という。)とは、単に船舶自体が安全に航海できることにかぎられるものではなく、その船舶による運送委託をうけた貨物を、通常の海上危険に耐えて安全に目的地にまで運送できる能力をもいうものであるところ、船舶の構造に欠陥があり、これに加うるに通常の海上危険によつて海水が船艙内に浸入し、そのために貨物が損傷をうけたような場合には、その船舶は堪航能力を有しなかつたというべきであり、また、船舶所有者は、船舶が堪航能力を欠如していることによつて生じた損害については、同条により、過失の有無にかかわらず賠償責任を負担すべきものと解するのが相当である。

いま本件についてこれをみると、(1)上告人所有の大江山丸には資材・構造上なんらかの欠陥があり、これに加うるに同船が南支那海を航海中に遭遇した季節風が原因となつて、本件積荷が船積みされた貨物艙に海水が浸入し、積荷に海水濡れによる損傷が生じたこと、(2) 右季節風は、南支那海を航海する船舶にとつて通常予想することが可能な程度のものにすぎなかつたこと、(3) 本件積荷運送契約は、前記のとおり、国際海上物品運送法の施行前に締結されたものであることは、原審が適法に確定するところであつて、右事実によれば、上告人が、その過失の有無にかかわらず、本件積荷の損傷について、商法七三八条に基づく賠償責任を負担すべきことは、前記説示に照らして明らかである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第五点について。

所論の点に関し、原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、上告人の運送人としての損害賠償責任が、商法七六六条、五八八条一項により消滅するとは認められないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 岡原昌男 小川信雄 吉田豊)

上告理由<省略>

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